成田 富里 八街 佐倉 税理士『成田綜合事務所』
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密漁・産地偽装、生物資源保護にインボイス制度・デジタルインボイス(peppol)は役立つか

対象となる生物の範囲が広くなってしまうため、今回はアサリやワカメの産地偽装問題、アワビやイセエビの密漁問題、クロマグロやスルメイカの不正漁獲問題で何かと騒がれている水産物を中心に考察していくこととします。なお、改正漁業法の罰則規定以外の資源管理規定等に関しては、その実効性に見通しが立っていないこと、IUU漁獲物(違法・無報告・無規制の漁獲物をいう)の流入防止のための輸入規制に係る特定第二種水産動植物(サバ、サンマ、マイワシ、イカ)の海外輸入物については、税務署ではなく税関・水産庁の管轄となるため、今回は検討対象とはしておりません。

1、近時の水産物に関する制度改正・新法制定の流れ
平成30年に漁業法が改正され、令和2年12月1日より「特定水産動植物:アワビ・ナマコ・(シラスウナギは令和5年12月1日より)」については、原則として採捕してはならないとされ(漁業法第132条第1項2項、漁業法施行規則第41条、42条)、違法に採捕しただけではなく違法に採捕されたものと知りつつ運搬・保管・取得・仲介等をした場合にも、3年以下の懲役又は3000万円以下の罰金が科されることになりました(漁業法189条)。
さらに、前回の「免税販売手続の電子化」により消費税免税制度を悪用した脱税を捕捉できたように、水産物に関しても、これに似た法律として「水産流通適正化法による電子化」が今年の令和4年12月1日に施行予定となっております。
水産流通適正化法の制定目的としては、漁獲段階での規制のみならず、加工、流通段階で違法な漁業に由来する水産物を排除する仕組みの構築が必要であることから、国内において違法に採捕された水産動植物(違法漁獲物)の流通の適正化を図ることに加え、海外において違法に採捕された水産動植物の輸入の適正化を図り、もって違法な漁業の抑止及び水産資源の持続的利用に寄与し、漁業、加工流通及びその関連産業の健全な発展に資するためとあります。そして、その効果として①違法漁獲物を国内流通から排除することができ、改正漁業法の罰則強化と相まって、密漁等の非漁業者による法令違反件数が減少し、持続的な水産資源の利用が可能となる。②違法漁獲物の国内市場への流入を防ぎ、信頼できる水産物のみが取り扱われ、流通することとなるため、流通事業者、加工事業者等の取り扱う水産物の信頼性の向上、取引の円滑化に寄与する。③海外からの違法漁獲物の流入を防止することにより、違法漁獲物の国内市場流通への悪影響が排除され、適正な国内市場環境の実現が図られるとしています。
電子化に向けた取組としての漁獲情報等デジタル化推進事業については、以下の対策と目標が掲げられております。
対策として、改正漁業法の施行による漁獲報告の義務化に伴い、漁獲情報を電子的に収集・提供することを可能とするシステムの早期現場導入を支援。また、水産流通適正化制度の円滑な実施に向け、関係する漁協等が漁獲番号等を迅速かつ正確・簡便に伝達することを可能とするための電子システムの導入等を支援。
目標として、①主要な漁協・市場からの漁獲情報を電子的に収集する体制を整備(令和5年までに400箇所以上)。②特定第一種水産動植物の密漁件数を半減することとしております。

2、改正及び新法制定に至った経緯
水産庁資源管理部管理調整課沿岸・遊漁室の報告によると、近年、悪質な密漁が問題となっており、特にアワビ、ナマコ等は沿岸域に生息し、容易に採捕できることから、密漁の対象とされやすく、組織的かつ広域的な密漁が横行しているとのこと。また、資源管理のルールを十分に認識していない一般市民による個人的な消費を目的とした密漁も各地で発生しており、令和2年では漁業者による密漁より漁業者以外による密漁者の検挙件数が5倍以上になっているそうです。これら密漁は、漁業の生産活動や水産資源に深刻な影響を与える行為であることから、水産庁は密漁に対して厳正に対処し、密漁防止活動に取り組むとしております。
水産関係につきましては、漁業法の大改正と新法施行という長年の課題であった問題に重い腰を上げて取り組み始めた水産庁には感慨深いものがあります。水産学部生であった三十数年前は、流通での不正はトラフグなど国内流通がメインで輸入物はここまで酷くなかったと記憶しております。シラスウナギも今ほど高値ではなかったため、河口でのシラスウナギ漁をするための電灯が川面に照らされている様は冬の風物詩とも言えノンビリした時代でありました。
さすがに漁業資源の枯渇や管理の必要性、後継者問題、絶滅危惧種に対する世間の意識変化や国際的協調の流れから動かざるを得なかった面もあるのでしょうが、電子化により捕捉できる技術が発達したことも大きいと言えます。

免税販売手続の電子化概要

水産流通適正化制度について
密漁の状況、非漁業者の検挙件数、罰則規定、電子化に向けた取組

密漁を許さない

3、漁業関係者(漁業・養殖業)が密漁者等から購入する場合
輸入品ではなく国内漁獲物に関する密漁又は産地偽装、盗難の捕捉をテーマに考えた場合、インボイスを通じて税務署側が確認出来るのは、流通段階に乗ってからとなります。
したがって、漁業関係者が海上又は内水面で自ら採捕した漁獲物ではなく不正に取得した漁獲物だとしても、自ら採捕したと主張すれば、不正の立証をすることは困難といえます。
この場合、漁業関係者が密漁者等から購入しているわけですから、これを仕入金額として経費計上するか否かで2通りの対応となります。
① 経費計上する場合
密漁者が適格請求書発行事業者としてインボイス制度の登録申請をするとは思えませんので、税務調査が入らない限りは表に出ません。小規模事業者の場合は尚更調査対象とはなりづらいでしょうから時効となる可能性が高いです。
ただし、税務調査が入り、その領収書がない場合、又は領収書記載の相手方が反面調査によっても判明しない場合は、消費税では仕入税額控除、所得税・法人税では経費計上が否認され重加算税の対象になる可能性があります。
② 経費計上しない場合
そもそも計上しておりませんから法人税や所得税の負担が大きくなりますが、税負担を上回る利益が出るほど高値で売れるのであれば、経費計上しなくとも問題ないという考えの場合、経費計上しない方法も想定されます。消費税に関しては簡易課税制度がとれる課税売上高5,000万円以下であれば、みなし仕入率を用いて仕入税額控除を計算できますから、このケースでも税務調査が入らない限り表には出ません。
※横流し品の価格が正規ルートの価格決定に影響を及ぼしている現状もあるため、不相当な高値になっているのは問題といえます。

以上より、直接海上又は内水面で採捕することを生業とする漁業関係者が購入者の場合、インボイス制度は効果がないということが考えられます。

4、流通業者が漁業関係者や密漁者から購入する場合
上記1記載のとおり採捕する漁業関係者のみならず、運搬・保管・卸売・小売・加工業者等についても厳罰化されました。
罰則対象となる運搬・保管・卸売・小売・加工業者等についてですが、これは漁獲物のトレーサビリティを進める水産流通適正化法(令和4年12月1日施行予定)により不正の排除が期待されます。
EU向けの水産物輸出に関しては漁獲証明書が必要なため、既にトレーサビリティシステムが導入されております。したがって、日本で出来ないわけがありませんが、未だ現金取引がメインでオンライン決済やデジタル化が遅れている市場関係者が対応できるのかが心配の種ではあります。成田の市場や豊洲の関係者から話を聞いても、デジタル化に関心が薄いようで良くわかっていない状況と聞いております(ソフト会社は営業によく来るそう)。まだ、特定第一種水産動植物の対象がアワビとナマコの2種類(シラスウナギは令和7年12月1日より)と数が少ないことから致し方ない面はありますので、当面は水産庁がどこまで指導力を発揮するのか見守るしかないでしょう。
特定第一種水産動植物にかかる論点

免税販売手続の電子化については提供先が国税庁でしたので、購入記録情報が免税店から入ってきて不正が一気にあぶり出されました。
IUU漁獲物(違法・無報告・無規制の漁獲物をいう。)の流入防止のための輸入規制に係る特定第二種水産動植物(サバ、サンマ、マイワシ、イカ)の海外輸入物については税関が適法漁獲等証明書を確認出来るとあります。
したがって、余りに制度がうまく進展しないようであれば、IUU国内漁獲物についても購入記録情報を水産流通適正化法により水産庁や都道府県に報告するだけではなく、国税庁へ報告する仕組みにすれば、インボイス制度と相まって、違法漁獲物の流通に関しても捕捉しやすいのではと考えます。
免税販売手続の電子化前は中国人観光客や留学生から免税品を購入した首謀者を国外逃亡させてしまったケースがほとんどでしたが、その代わり購入者をターゲットにして還付させない方針へ国税当局はシフトしておりますから、水産流通適正化法による電子化とデジタルインボイス(peppol)により輸出される違法漁獲物に係る脱税や消費税還付もいずれ出来なくなるのではと思われます。

5、インボイス制度導入下での消費税制問題
それではインボイス制度がどれほど精緻な制度なのでしょうか。実際のところ、違法漁獲物の流通防止には、まだまだ抜け道が残っている状況。以下、問題を列挙していきます。
※法人税や所得税の計算にあたっては、当然に真実の請求書がなければ仕入金額を計上したとしても否認されます(ただし、税務調査により発覚した場合)。
① 事業者免税点制度 消費税法第9条、9条の2
② 漁協、卸売市場経由の委託販売 消費税法施行令第70条の9第2項第2号
③ 簡易課税制度 消費税法第37条第1項、消費税法施行令第57条
④ 平成28年改正法附則第52条第1項経過措置の8割控除の当分の維持
⑤ 取引金額3万円未満の仕入税額控除の存置 消費税法施行令第49条第1項

① 事業者免税点制度とは基準期間(又は特定期間)における課税売上高(又は給与支払額)が1,000万円以下の事業者をいい、消費税の納税義務が免除されます。よく消費税は益税の問題があると言われるのは、この制度があるためです(③の簡易課税制度も同様)。
インボイス制度により売り先からインボイス制度の登録申請をしてほしいと言われるケースも増えると想定され、これにより免税事業者であった者が課税事業者として納税義務者がある程度増えることは予想されます。
国税当局も当然それを見込んでいるわけですが、それであるならそもそも事業者免税店制度を廃止すればいいのではと思われるかもしれません。税理士会でも全国で意見が統一されているわけではありませんが、課税の公平性や中立性の観点からも消費税法の9条や9条の2の廃止や一定額の税額控除、1,000万円の金額を下げるなどの意見も出ております。それでは国税当局としてなぜ改正に動かないのかと言うと、明言しづらい部分ではございますが、政治的な意図が働いていたり(消費税に敏感な小規模事業者である有権者の意向等)・税務署の事務処理が増大するため廃止は勘弁といった本音もあったりします。世の中そうは上手くいかないものです。
したがって、インボイス制度が開始されても登録申請しない免税事業者に関しては、違法漁獲物の仕入販売に対する抵抗感は薄いものと予想されます。

② 漁業関係者が漁協や卸売市場に委託販売している場合はインボイスの発行を求められないため、免税事業者はこれまでの取引通りでよいことになります。これは市場における流通の迅速化や漁業関係者の事務処理の簡便性の観点から致し方ないとも思われますが、水産流通適正化法の電子化によるトレーサビリティが進めば、優遇する必要性はなくなるかもしれません。
したがって、現状におきましては、インボイス制度が開始されても漁協や卸売市場に委託販売する場合、違法漁獲物の仕入販売がなされる可能は高いと予想されます。

③ 簡易課税制度を採用している場合、インボイス制度の登録をするしないにかかわらず、購入者側に関してはインボイスを発行してもらわなくとも仕入税額控除が出来ます。
したがって、違法漁獲物を購入した場合、インボイスでなくとも問題ないことから違法漁獲物の仕入がなされる可能は高いと予想されます。

④⑤ 6/6付けで日本税理士会連合会より5/26に「インボイス制度の円滑な導入・実施について」とした次の要望が決議され、関係機関へ提案をしましたとの通知がありました。
イ 免税事業者が市場取引から排除されることを防止するため、平成28年改正法附則第52条第1項の経過措置を当分の間維持すること。
ロ 事業者等への過度な負担を避けるため、現行消費税法施行令第49第1項第1号(少額取引)の取扱いを存置し、請求書等の保存の有無にかかわらず帳簿のみの保存で仕入税額控除を認めること。

・平成28年改正法附則第52条第1項の経過措置の概要
インボイス制度導入後3年間(令和8年9月30日まで)は、免税事業者等からの課税仕入れの80%については仕入税額控除ができる。
・消費税法(抄)
第30条
7 第1項の規定は、事業者が当該課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿及び請求書等(同項に規定する課税仕入れに係る支払対価の額の合計額が少額である場合、特定課税仕入れに係るものである場合その他の政令で定める場合における当該課税仕入等の税額については、帳簿)を保存しない場合には、当該保存がない課税仕入れ、特定課税仕入れ又は課税貨物に係る課税仕入れ等の税額については、適用しない。ただし、災害その他やむを得ない事情により、当該保存をすることができなかったことを当該事業者において証明した場合は、この限りでない。

・消費税法施行令(抄)
第49条 法第30条第7項に規定する政令で定める場合は、次に掲げる場合とする。
一 法第30条第1項に規定する課税仕入れに係る支払対価の額の合計額が3万円未満である場合

以上より免税事業者から仕入れる課税事業者は、インボイス制度導入後も当面の間80%は仕入税額控除が出来ること、また、1回の支払金額の合計額が3万円未満(税込)である場合には、帳簿への記載で仕入税額控除が出来ることになります。
これが実現するか否かを明言しているサイトは1つだけ知っておりますが、様々なルートからの意見を勘案すると、私見ではございますが、ほぼ実施されるのではと考えております。実現すればインボイス制度が導入されても免税事業者が取引から排除されるリスクを減らすことが出来ますし、また、従前通り3万円未満は税額控除できるため利便性の低下を防ぐことも出来ます。
しかし、これにより少額な違法漁獲物を仕入れても税額控除が可能となってしまいます。
さらに個人的に気になるのは、日本税理士会連合会の提案が現行消費税法施行令第49条第1項第1号(少額取引)の取扱いだけ存置し2号を省いていること。インボイス制度の実施に伴い消費税法基本通達11-6-3も廃止予定であるため、これがなくなると例えば身近な事例でいうとネットオークションで購入した商品に係る仕入税額控除は出来なくなってしまいます。ある意味なくなればネットオークションを利用した盗難・密漁品の購入を事業者は見合わせる可能性がありますのでいいのかもしれません。ただし、事業者がネットオークションで購入した商品を仕入税額控除するのに、古物商許可証を取得するなど対策すれば古物商特例・質屋特例が活用でき、結局のところ盗難・密漁品の購入につながるため、出品は減らない可能性があります。

6、終わりに
以上、検討してまいりましたが、インボイス制度も水産流通適正化法もまだ施行されておりませんから、追加や訂正の整備は今後もなされていくものと思われます。現場のシステム導入は相当大変だとは思いますが、導入して終わりではなく、その後の使用に関するサポートを重要視して頂きたいところです。
水産庁や国税庁、そしてデジタル庁が従来の縦割り組織を改め、水産流通適正化法による電子化、デジタルインボイス(peppol)を通じて一致協力し情報をやりとりするようになれば、違法漁獲物のロンダリングによる消費税の脱税や不正還付の抑止、希少生物の保護、漁業関係者の後継者問題は解消されていくものと考えます。

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